東京高等裁判所 昭和44年(う)152号 判決
被告人 佐藤秀男
〔抄 録〕
一、所論にかんがみ、審案するに、原判決の認定する本件衝突事故の概要は、
被告人が、オートバイを運転して、国道一二五号線の直線道路(その幅員は、約一〇、一米)を時速約五〇粁の速度で土浦ドライブインのところに差しかかつたところ、折から関の運転する普通乗用自動車プリンスが、右折の合図をしながら反対車線を対向して進んで来た。被告人は、この対向車の右折の合図に気づかず、そのまま同じ速度で直進を続けた。その結果、右ドライブインに入るべく右折横断して来た関の車の右前部と衝突した。
という案件で、この事実は、原判決挙示の証拠により、その証明は十分である。
所論は、「右折車の関は、右折の合図を出していなかつた」旨、争つている。なるほど、所論も指摘するとおり、関は、<1>、右折の合図を出した地点に関して、供述が、いろいろ変つて来ており、供述ごとに次第に衝突現場より先へ、遠くなつていること、<2>、衝突直前まで、被告人のオートバイに気がついていなかつたこと、<3>、センター・ラインを越えて反対車線を右折横断するに当つて、一旦停止をせず、そのままの速度で右折横断をしたこと等の事実は、証拠上明らかであるが、なおかつ、関が、警察の取調以来、原審の審理を通じて、「右折の合図は出していた」旨供述している点は、信用してよいものと考える。
二、この点に関し、被告人は、捜査段階から当審の審理を通じて、
対向車の動きには注意を払つて進行して来たが、対向車は、右折の合図を出していなかつたし、対向車線の真中辺りを進行して来ており、右折のためにセンター・ライン寄りによるようなこともなかつたので、まさか急に右折横断するようなことはないだろう、なお直進を続けるだろうと思つて進行したところ、直前に迫つて急に右折横断して来た
旨供述している。しかし、原判決に掲げる関の供述調書と原審証言、実況見分調書、原審の検証調書によるときには、関は、一貫して、
右折の合図を出すとともに、右折のためにセンター・ライン寄りによつて、少くとも一五米以上は進んでいると述べていることに照らして、被告人の前記供述は、信用できないものと考える。そうしてみると、被告人の前記右折信号見落しに加えて、起訴状に記載の、対向車の動きを、少くともその右折開始前は、十分に注視していなかつたという非難もまた免れない。
三、被告人の過失に関する基本的問題点について。
(1)、すでに明らかなとおり、本件は、相手方の車を主体として表現するならば、
被告人が、時速約五〇粁の速度で直線道路をオートバイで直進中、対向車を運転する関が、交差点でない地点で右折横断しようとし、被告人のオートバイに気付かずに右折横断を開始したため、直進車との衝突の危険を感じて急制動措置をとつたときには、時すでに遅く、被告人のオートバイと衝突してしまつた
という事案であるから、被告人の過失を判定する重点は、被告人が対向車の動静に注意していたならば、果して本件衝突を避け得たかどうか、すなわち右の注意を欠いていたがために衝突の結果が発生したものであるかどうかにある。もし、被告人が、対向車の動静に注意していたとしても、本件の衝突は、結局避けられなかつたのであれば、被告人に過失があつたということはできない。
(2)、そもそも、センター・ラインが道路中央に白ペンキで画されている二重線の、そして、片側車線の幅員が五米余もある直線の国道上において、対向車が、右折の合図を出しながら、その車線を対面して直進してくる場合、その対向車が、なお「直進の態勢をとつて、そのままの速力で進んでいる限り」、たとえ、センター・ライン寄りに近づいて、或は、近づきつつ進んで来ているとしても、反対車線の中の、中央より左寄りの部分を、オートバイに乗つて直進する運転者は、右の対向車が、明らかに道路交通法二五条の二第一項に違反する方法で、急に右折横断を開始し、自己の進路を妨げることのあることをも予想して運転進行すべき義務は、原則としてないといわねばならない。この地点にドライブインがあつたとしても、この結論に違いは出てこない。この限りにおいて、直進するオートバイ運転者について、対向車の右折合図見落を過失としてとらえることは、原則としてできない。
もちろん、直進するオートバイ運転者に、右斜め前方の対向車に対する注視義務が全くないわけではない。およそ、この直進するオートバイ運転者の前方注視義務違反を肯定するためには、すべからく、対向車がいつ右折横断を開始したのかという横断開始の地点、その前後の車体の右折角度等の、対向車の動きの詳細が、直進するオートバイとの関連において、明らかにされることが肝要である。
被告人の本件過失の有無を論ずるに当つては、対向車のこの点の具体的情況、ことに、センター・ラインを越えたときおよびその前後の車体の角度、その地点、その速度等の、対向車の動きの詳細が、明らかにされなければならない。原判決が判示するように、対向車の右折の合図を見落したことを決め手として、被告人に過失責任があるとすることは、誤りである。
四、関の車の動き、右折横断の模様について。
(1)、この点に関する関の供述、或は指示説明を記録に基づき詳細に検討するとき、そこには、はつきりしない点、供述が変つて来ている点が多い。これは、恐らく、関が、直進してくる被告人のオートバイに全く気付かずに、そのため一旦停車も、特別の徐行もせず、そのままの速度で、右折横断を開始したことに基くものと思われる。そこで、関の供述、指示説明の中で、比較的信用できると思われる、原審第二回、第三回公判期日における供述と原審の検証の際の指示説明を基にしてみれば、およそつぎのとおりの情況、すなわち、
<1>、少くとも二十余米手前の地点から右折の合図を出して、センター・ラインに寄つていつた。
<2>、右折横断開始時の時速は、一五粁ないし二〇粁位であつた。
<3>、ドライブイン駐車場の右端に、道路と直角に、「井熊の梅羊かん」と書いた大きな立看板が出ているが、この延長線上辺りで、センター・ラインを越えた。
<4>、センター・ラインを越えて、反対車線を斜に三、一五米位も横断進行して、衝突した。
<5>、衝突地点を駐車場と関連させて現わせば、駐車場の右端のこの立看板の延長線からドライブイン寄り余り離れていない地点である。
<6>、衝突時の関の車の車体の角度は、衝突時、オートバイが、関の車の右前照灯下辺りにぶつかつていることからいつて、末だ右折が完了していない状態にあつた
ものと認めることができる。
右情況をすべて総合して考えるならば、
「関は、右折の合図を出しながら、センター・ラインに寄つて二十余米進行していき、駐車場の右端辺りに至つたとき、時速一五粁ないし二〇粁の速力のまま、急に、右折横断をはじめたものである」
と結論することができる。そして、また、右の時速を秒速に換算するならば、一秒間に四米ないし五、五米位であるから、
「関の車が、センター・ラインを越えて衝突地点までの距離三、一五米を走るに要した所要時間は、衝突地点に近づくに従つて速力が落ち、衝突地点にいたつて完全に停止したと仮定して計算しても、せいぜい一秒か二秒である」
と推算できるのである。
(2)、つぎに、被告人の供述を基にして、検討を加えてみる。被告人は、
<1>警察の取調では、
対向車がセンター・ラインを少し越えて、自分の進路を横切るように右折横断してくるのを、二〇米か三〇米先きに発見した
<2>検察庁の取調では、
対向車が、二〇米位の距離に迫つたとき、急に右折して来た
<3>原審の審理においては、
対向車が、センターラインにかかつたのを発見したのは、前方一五米ないし、一八、五米位の地点であつたと供述していることが明らかである。被告人のオートバイの時速を五〇粁として、これを秒速に換算するならば、一秒間に約一四米となり、被告人は、前記の一五米ないし三〇米の走行区間において、特別にブレーキをふんでいないのであるから、その所要時間は、一秒ないし二秒という計算になる。
(3)、そうしてみると、被告人の供述に基く推論と、関の右供述に基く推論とが、
「一、二秒前という直前に、対向車が、センター・ラインを越えて、被告人のオートバイの進路の前に、急に右折横断して来た」
という点において、ほぼ符合している。
五、被告人の過失責任の有無について。
(1)、以上を総合するならば、自己の走行車線の左寄りの部分を、時速五〇粁もしくは五〇粁以上の速力でオートバイを運転して直進して来た被告人が、対向車の動きに十分注意を払つていたとしても、一、二秒前という直前にいたつて、急に右折横断して来た対向車との本件衝突事故を、果して避け得たものであるかどうかは、極めて疑わしい。従つて、この場合、被告人が対向車の動きにそれほど注意を払つていなかつたからといつて、その点に過失があるとして非難を加えることは、困難である。
(2)、ところで、四輪車の場合、直角に方向転換はできないわけで、最少回転半径の制約を受けることからいつて、関が、センター・ラインを越えた地点は、右説示の地点よりある程度手前の地点ではなかつたかとも思われるが、それだからといつて、被告人に過失があると認めるに十分な証拠は存在しない。
(3)、以上を総合すれば、本件衝突事故について、被告人に果して過失があるかどうか疑しいのであつて、結局その証明がないことに帰する。それにもかかわらず、原判決が、被告人に過失があるとしたのは、事実を誤認したか、或は、法律の解釈適用を誤つたかのいずれかであり、この誤りが、判決に影響を及ぼすことは明らかである。原判決は、とうてい破棄を免れない。
(江里口 横地正 唐松)